教員インタビュー
藤掛 洋子

海外研究スタジオ

理論と実践の往還を通して:現場で人々に寄り添うこと

先生の研究内容を教えてください。

藤掛私は文化人類学者、開発人類学者です。ジェンダーと開発課題にも取り組み、人々のエンパワーメントや社会変容について研究しています。主な研究/実践対象地域は、南米パラグアイですが、国内において支援が展開される「場」で生きる方々の研究も行っています。

先生の主たる研究/実践対象地域はパラグアイですが、なぜパラグアイなのですが?

藤掛1993年より青年海外協力隊隊員としてパラグアイの農村で2年3ケ月間活動しました。そこでは、農村女性と子どものための生活改善の活動を行うとともに、栄養・衛生講座や保育園の建設支援なども行い、1995年に日本に帰国しました。帰国後に、継続してパラグアイの女性や子どもたちを支援するためにNGO(後にNPO)を設立しました。パラグアイの方々とのお付き合いは今年で26年目になります。
横浜国立大学ではJICA草の根技術協力事業:農村女性の生活改善プロジェクトも実施しており、私はプロジェクトマネージャーを務めております。このプロジェクトも、パラグアイにおける国際協力の経験から生まれたものです。
研究室で実施している国内外のプロジェクトには、興味のある学生さんたちには関わって頂いています。

ゼミの学びで重きを置いているものはなにですか?

藤掛理論と実践の往還です。
ゼミでは理論と実践の両方を大切にしています。理論から実践に入ることも、実践から理論に入ることも良いと思います。重きを置いているのは、理論と実践の往還です。学生たちにはどんどんフィールドに出るように言っています。研究室のモットーは「答えは現場にあり」です。フィールドと研究室、学問と実践の往還を行うことから相対化が出来るでしょうし、複眼的思考も養えると考えるからです。
あらゆる角度から先行研究を行いフィールドに入っても、まったく別の事象が見えてきて、想定を覆されたことがたくさんあります。もちろん、私もそのような経験を多数しています。人々が営みを行う生活の中で、新たなリアリティが生成され続けています。そこに行き、色々な話を聞かせて頂く、そして人々の生き様を知り、声なき声を拾うこと、それは大切な研究の一つであると考えます。また、フィールドワーク実践をすることは、一人ではできません。日本から送り出して下さる方々、外国人(あるいは他者)である私たちを受け入れて下さる方々の存在があってはじめて自分の活動ができるわけです。フィールドワークを通し、人は一人では生きていけないことを再確認し、異文化に触れ、自己を見つめなおす、すなわち、異文化を知り、自己を知ることができるようになるわけです。こうして、自己を相対化し、玉ねぎの皮が一枚ずつ向けていくように、私たちは成長していくのだと思います。

都市社会共生学科にはスタジオがあります。ゼミの入る前のものがスタジオと考えてもらえればと思います。ここではゼミ・スタジオのことも含めてゼミと説明しています。

フィールドではどんなことを学生に学んでもらいたいと考えていますか?

藤掛私が学生だった頃、当時の指導教員から、フィールドで2日調査したら、1日は必ずデータ整理の時間に当てなさいといわれました。そのぐらいフィールドではやることがたくさんあります。理論や調査手法、そしてフィールドでの立ち振る舞いも学ばなければなりません。ギアツの言う「文化の網の目」の中に入り込み調査をさえて頂くわけですから対象社会の社会規範にそって調査を行う必要があります。また、調査結果をどうまとめていくのかという段取りも学ばなければなりません。途上国や新興国ではインフラ整備も十分ではないところが多いですので、雨が降ると陸の孤島になることもしばしばあります。急な予定変更の中でどのように自らの調査/実践活動を調整し、みなが納得し、ハッピーになる一番良い落としどころにどのように持って行くのか、どう対処していくのか、といった力も必要です。
学術交流協定大学において学んできたスペイン語でプレゼンテーションをしたり、現地の大学生たちとディスカッションをすることもあります。
準備時間も長いですし、現地のフィールドでもお腹を壊したりと、大変なこともあるでしょう。しかし、「痛み」を伴う経験は人を成長させるものです。広い視野を持って社会で活躍するためには、このような学びがあることは大切なことだと考えます。
藤掛洋子研究室では、理論と実践の往還、フィールドと研究室の往還からマクロからミクロまでを分析するための複眼的思考を育むとともに、他者を思いやり、みんながハッピーに生きていくためのコーディネーション能力をつける。そのような学びをゼミでは大切にしています。将来の仕事には、記者や公務員、民間企業勤務、NPO/NGO、ベンチャーなど多様です。一ついえることは社会のため、人のために立ち働く、そんな仲間たちが多数いる、ということです。

先生は南米パラグアイで研究実践をされていますが、なぜ、学生たちと一緒に南米パラグアイやその他のフィールドに行くようになったのですか?

藤掛まず、NGOの話をする必要がありますね。
先ほどお話しした通り、私は青年海外協力隊でパラグアイの農牧省に派遣されました。農業普及局で生活改善普及員として農村女性や子どもの生活改善のための料理教室や栄養教室、加工食品教室なども行いました。また、当時の村では子どもの数が多く、シングルマザーの方も多くおられました。そこで母親たちの所得創出のために地元の産物を利用したジャムの加工場を作りました。ジャム加工場を運営していくために加工場の横に保育園も作りました。隊員の活動は通常2年間ですので、私が支援させて頂いた保育園は新しい隊員や米国平和部隊の新しいメンバーがサポートしてくれました。私は帰国しましたが、それまでの活動を継続するためにNGOをつくりました。そして、小学校を建設する機会を得ました。現在は、パラグアイの農村部に4つの学校(含む幼稚園)があります。
NPOリンク

学生とともに渡航することになったきっかけは?

藤掛2012年に、とある学生から、「先生はパラグアイの農村で学校を作る支援をしていると聞いたので、自分たちも学校建設の支援をしたい」という申し出がありました。その時、私は以下のようなことを答えました。
「学校建設は、きらきらして見えるけれども、砂を噛むような地道な仕事ですよ。予算の獲得から、現地の土地の獲得のための交渉、村人やコミュニティの方々との時にはコンフリクトもある長丁場の話し合い、予算の適切な運用、格差拡大につながらないよう住民集会の実施や対象地域の規範や文脈への配慮、相手国政府の開発計画の確認、建設後のモニタリング、日本での報告・・・など気の遠くなるような多くの業務がありますよ」と。
それでも学生さんたちがパラグアイに行きたいと強く希望したことから、横浜国立大学のプログラムとして派遣できないか様々な確認作業を行いました。そして、私自身が兼ねてから研究交流のあったアスンシオン国立大学と横浜国立大学間で学術交流協定を2012年に締結しました。当時の駐パラグアイ日本大使館神谷武大使と駐日パラグアイ大使館豊歳直之大使には多大なる尽力を頂きましたこと、書面を借りて御礼申し上げます。
その後、横浜国立大学の渡航プログラムは多くの皆様方に支えられ今日に至っています。2018年9月にはパラグアイのHugo Velázquez副大臣と横浜国立大学の学生が談話をする機会も頂きました。

実は私の大きな挑戦だった学生たちとのパラグアイ渡航プログラム

藤掛アスンシオン国立大学と学術交流協定を締結したものの、私にとっては大きな挑戦でした。理論と実践の往還が必要だと信念は持っていても、学生たちを日本の真反対にある南米パラグアイまでどうやって連れて行けば良いのか、予算はどうするのか、安全はどうやって確保するのか、親御さんへの説明はどこまで必要なのか、JICAのプロジェクトサイトに学生さんは入れるのか、貧困地域などに入るための安全確保はどうすればよいのかなど考えれば考えるほど無謀な取り組みのように思えてきました。
それでも、横浜国立大学のゼミ生たちの熱い思いに動かされ、私も授業+αの時間を使い学生たちとパラグアイ渡航の準備を行い、1)学術交流協定大学における研究発表、2)パラグアイ日系移住地でのホームステイ、3)農村やスラム(カテウラ)における国際協力の実践などを行うプログラムが完成しました。もちろん、このような活動には、横浜国立大学の教職員のメンバー、パラグアイの日系移住地のみなさま方、パラグアイの都市部・農村部の仲間たち、NPOの関係者、多くの皆様方のご支援があるからこそでき得ることです。個人的にはパラグアイと長く教育研究実践活動をしていることで可能になっている部分も多いと考えます。
これまで仕事をさせて頂いたザンビアやトンガ、バングラディシュ、ホンジュラス、ペルー、ボリビア、ブラジルなどでパラグアイと同じようなプログラムができるかといえば、それはかなり難しいと考えます。
学生たちの活動については、以下の映像やブログに綴られていますので是非とも読んでみてください。

どんな準備をいつ頃からするのですか?

藤掛37日間程、パラグアイともう一つの国(ブラジルやボリビアなど)に渡航し、観光ではなく、ホームステイなどをさせて頂きながら、現地の方々と同じものを食べ、同じ暮らしをする異文化理解から、日本で学んできたことを学術交流協定大学の先生や学生たちを相手にスペイン語で発信し、研究交流をする、そして国際協力を実践する欲張りなプログラムです。そのため準備期間は1年半と長いです(笑)。

藤掛1年次には、現地で使用されているスペイン語を初修外国語として学ぶとともに、「全学教養科目:パラグアイ事情」などを履修し、パラグアイの歴史・文化・開発・経済・ジェンダーや先住民族の言語:グアラニー語(サバイバル)など学びます。また、2年次では、国際協力スタジオに入り研究を深めるとともに、文化人類学や開発人類学、開発学、国際協力、都市科学など関連する様々な科目を履修し、学びを深めていきます。
準備期間は約1年半と長いですが、私の不安と裏腹に渡航を経験した学生たちの満足度は極めて高いことがわかり心から安堵しました。1年目の渡航は、私自身も過労・心労で点滴を打ちましたが(笑)、今では渡航を経験した学生さんやカウンターパート大学の先生たちがしっかりとプログラムをサポートしてくれますので、私自身が点滴のお世話になることはありません(笑)。また、この渡航プログラムにリピーターが複数いることも私の中では嬉しい驚きでした。強者の中には4回渡航という学生もいます。
1年次で基礎的なことを学び、2年次の春から半年間かけて現地でのアポイントメントを取り、現地で活動する教材作成、スペイン語でのプレゼンテーションの作成、予防接種など様々な準備を行っていきます。リピーターの先輩や留学生がサポートに入っていきます。

どうしてパラグアイに行くのか?

藤掛実に難しい質問ですね。国際協力や開発支援という文脈から考えると、途上国や新興国を「貧困/国」とラベリングし、上から目線で「助けてあげる」というような関わり方をしてしまう場面があると思います。しかし、それを越える関わり方をしたいと強く思っています。ある国に一定期間行くと、<この場合はパラグアイですが>、フィールドで出会う方々から、「豊かさ」が、物質的な豊かさのみではないということを多く教えられます。心の豊かさや他者への思いやり、自然を守る思い、共助の精神など、論文や書物では十分にくみ取ることのできないものを現地で暮らし、活動することを通し、肌と身体と心で感じとることができます。同時に、社会関係資本がないと、ホームステイをしたり、あるいは国際協力の実践としての学校建設など共に一つの目的に向かって活動することは容易ではありません。ですので数年間かけて一つのプロジェクトを継続することにアドバンテージがあると考えています。
同時に、国際協力の実践を通し、「公平である」ということは何か、というような難問に突き当たります。実は、公平性の担保という言葉はわかりやすいようで、実はとても実現しにくい課題だと思っています。つまり、数年間かけて一つのプロジェクトを推進していくと、他のところは後回しになってしまう、そのことは不公平ではないか、ということです。しかし、考えることをやめないで、どのような評価軸をもって公平性を担保していくのか、現地の方々と共に考えることが大切など考えます。ある一つの命題を考え続けていく力は必ず、他の場面でも生きてきます。
このプログラムでは、パラグアイを軸に、近隣中南米諸国にも行き、開発、発展、国際協力、開発援助などの公平性を多面的に考えることをしています。もちろん、学年によってはフィリピン(http://yoquita.com/1152)や国内(岩手県、長野県、長崎県他:http://yoquita.com/581, http://yoquita.com/1481)でもフィールド調査をしています。
学生たちも教員も現地の方々もみんなハッピーになる方策を実践的に考えるという活動でもあると思います。渡航プログラムに参加した学生たちがとても変わっていきますので、その姿をみるのも私の中での大きな幸せになっています。

研究室にはどんなタイプの学生さんがいますか?

藤掛ゼミ生の中にはパラグアイ渡航に参加しない学生さんもおられます。これまでですと、アフリカのザンビアに1年間インターンに行ったり、インドでジェンダー研究をしたり、フィリピンで社会企業について研究/実践したり、日本国内のジェンダー問題に取り組んだり、帰国後にお酒の研究をするなど多様です。大学院生は、多文化共生や平和などについて論文を書いている人もいます。共通しているのは、マイノリティの方々の視点を拾い上げたいという方やフィールドワークを通して十分に知られていない人々の生きざまを明らかにしたいという点です。卒業論文等のテーマはこちらからご覧になれますので参考になさってください。

藤掛それでは、こちらから質問しても良いですか?
パラグアイ渡航に参加した学生さんたちはどんなことを考えました?

五十嵐大地さん(都市社会共生学科2年)パラグアイ・ボリビアへの渡航を通して現地で話される言語が分からない状況でも何をしたいか、何を感じたかを相手に伝えなければならない場面に何度も直面しました。その中で相手が自分の意図を汲み取ろうとしてくれている姿勢、表情や身振り手振りを工夫してコミュニケーションを取ろうと試みてくれている姿に安心感を覚えました。そして、自分から発信しなければ周囲に何も伝わらないことを実感しました。同時に特別な技術や能力がなくても伝わる部分も少なくないことに気付くことができました。これは大学でのディスカッションや留学生とのコミュニケーションの場面で意見を述べ、意見を聞く姿勢を学ぶことがきっかけになり、役立っているのではないかと思います。

並木優貴さん(都市社会共生学科2年)藤掛洋子教授の海外研究スタジオでは、パラグアイ渡航という国際協力実践プログラムだけでなく、渡航に向けた学生同士の話し合いや、南米の日系人の方を大学に招聘する日系次世代交流での日系人の方々との交流、パラグアイ渡航帰国報告会など、様々な人々と交流したり、発表したりする機会を得られます。こうした機会により、国際協力現場における実践力のみならず、自分の意見を明確に表明するスキルや、筋道立てて人前で話すスキルをつけることもできます。こうしたスキルは今後社会人として活動していくにあたり大きなアドバンテージになると思います。私はパラグアイに渡航したお陰で外務省のJUNTOSのプログラムメンバーに選ばれ、再び2019年2月からパラグアイに行くことができました。

石原佳歩さん(都市社会共生学科2年)私はパラグアイ渡航プラグラムに参加し、大学の教室では学べないことを楽しく学ぶことができました。初めて行く南米には楽しみもありつつ、同時に不安もありました。しかし、日本の丁度反対側に住む人々の生活や文化に触れ合うことができ、自分の価値観が大きく変化しました。現地に友達ができたり、元気いっぱいな子どもたちと遊んだりと、とにかく素敵な思い出にもなりました。こうした経験は、大きなことを成し遂げられた達成感ともなり、今の自分の自信にも繋がっています!

木村駿さん(都市社会共生学科2年)パラグアイ渡航に向けた準備の1つとして取り組んだ日系次世代研修の受け入れや、パラグアイ渡航において行った外国人の方との国境を越えてのコミュニケーション・ディスカッションは、その後の大学における講義内でのディスカッションなどの場において、「自分の意見を示す」という点でとても活かされていると感じています。以前は、自分の意見を述べることに躊躇することがありましたが、このパラグアイ渡航を通じてより有意義なコミュニケーション・ディスカッションがとれるようになったと感じています。パラグアイ渡航を経て、卒業研究の内容も固まりました。自分の好きなサッカーについて研究を進めます。

就職した先輩たちはパラグアイ渡航のことをどのように捉えているのでしょうか?
先輩たちにインタビューをしてみました。

久喜淳史さん(2017年度卒業生)2018年卒の久喜淳史です。2015年と2016年のパラグアイ渡航に参加させていただきました。2回の渡航を通して、直接体感することの大切さを感じました。現地の困りごとを解決するには、現地の人々と一緒に生活をして、困りごとを実体験することで、初めてスタートラインに立つことができます。この学びは社会人になっても私の大きな糧となっており、これからも現場で現実を直視することを心掛けて精進していきたいと思います。

細川高頌さん(2016年度卒業生)パラグアイ渡航には2年生の夏に行きました。パラグアイに行き、現地に行かなければ聞けない話や、見られないものがあることを多く学びました。そして、一人ひとりがこれまでに生きてきたストーリーの中にこそ、人の心を動かし、ときには社会を動かすような感動や発見があることを知りました。「現地に行く」姿勢は今でも私の原点であり、最も大切にしていることの一つになっています。その後は大学のプログラムでトンガに行き、およそ11か月間活動しました。文化の違いや考え方の違いなど、現地で暮らし、現地の人と一緒に活動をするなかではじめて分かることが多くありました。これらの経験を活かし、現在は、記者として働いています。

佐藤脩平さん(2016年度卒業)パラグアイ渡航=人生の転機。
私にとってのパラグアイ渡航はこのように言っても過言ではありません。3期生として渡航し、小学校建設のお手伝いさせてもらいました。この経験により、多くの方と協力し1つのものを造り上げる楽しさ及びハード面、すなわちインフラを整備する意義を学びました。
当時の学びから今は世界中でインフラ等を整備する総合建設会社で働いています。
今後もパラグアイ渡航での学びを糧に社業を通じて社会に貢献していきたいです。

田中美沙さん(2015年度卒業生)2016年卒業・横浜国立大藤掛ゼミ二期生の田中美沙です。現在は一般企業メーカーの商品企画部で働いています。私は2年生、3年生の時にパラグアイ渡航に参加しました。そこでの学びで最も現在に活きていると思うことは、立場が異なる人や色々な考え方を持つ沢山の方と一つの目標に向かう大変さとお互いを理解しようとする気持ちです。一般企業では、ビジネスの結果が全てというイメージもありますが、一つの結果を出すために社内外の沢山の方々と協力しています。たとえ同じ会社内でも部署やチームが変われば立場も考え方も大きく異なります。そんな相手を理解し、巻き込み、全体を考え、最大の結果を残さなければいけません。ここに苦労している人も少なくありませんが、私は2年連続して複数のメンバーと大きなプロジェクトに挑戦してきた学生時代の経験がとても活きていますし、自分の得意とすることができていると感じています。

田才諒哉さん(2015年度卒業生)大学のプログラムでパラグアイ渡航に行った後、大学を休学し、パラグアイに1年間行きました。パラグアイでの経験が、現在の自分自身のキャリアに大きな影響を与えています。
http://eedu.jp/blog/2014/08/10/paraguay_ryoya_tasai/
卒業後は、NGOの職員としてスーダンで働き(上写真)、現在はイギリスの大学院で開発援助を保健・栄養分野から勉強しています。スーダンでも、イギリスでもパラグアイで活動した経験を振り返り、そこでの学びが活かされている場面がたくさんあります。

最後に、都市社会共生学科を目指す学生に一言。

藤掛生きていることがもうけもの。感謝して生きる。都市社会共生学科で一緒に学びましょう!

インタビュー:2019年1月21日 石原佳歩、五十嵐大地、木村駿、並木優貴(都市社会共生学科2年)
撮影:五十嵐大地(都市社会共生学科2年)